2013年9月25日水曜日

ロバート・E・ハワード『影の王国(The Shadow Kingdom)』私訳(1)

『影の王国』


Wierd Tales, 1929年8月初出。

1.王が騎馬でやって来る


 喇叭がひときわ大きく鳴り響いた。まるで深い金色の潮流のように。まるでヴァルシアの銀の海岸へと打ち寄せる夜の潮のさざ波のように。群衆が叫んだ。銀の蹄の時を刻むようなチリンチリンという音がハッキリとしてくるにつれ、女たちは屋根から薔薇を打ち投げ、強大なる隊列の第一陣が、金色の尖塔を備えた荘厳の塔のぐるりを取り囲んでいる、廣く白い大通りに躍り出た。
 まず喇叭隊がやって来た。彼らは深紅に身を包み、細長い金色の喇叭を携え騎乗した、痩身の若者たちであった;つぎに射手。山岳地帯からの大男たちである;そしてそのうしろには重装の歩兵たち。彼らは揃えて、幅広な盾をガチャガチャ鳴らし、彼らの長槍は、その歩幅と完全に調子を合わせながら揺れている。彼らのうしろには、天下無双の兵士、赤殺兵たちが。彼らは兜から拍車まで赤い鎧に身を包んだ、壮麗な騎兵であった。彼らは荘厳に自らの駿馬にまたがり、左右に目を向けることなく、しかしあらゆる歓声に耳を傾けていた。彼らはまるで青銅の像のようであった。そして彼らの後方にそびえる槍衾は微動だにしなかった。
 それらの荘厳で恐るべき隊列のうしろから、傭兵の寄せ集め軍団がやってきた。彼らは獰猛で粗野な戦士であり、ムーやカー・ウから、また東の丘陵や西の島嶼からやってきた男たちであった。彼らは槍と大剣を帯びていた。そしてそこから幾ばくか離れたところを行進していた小さな集団は、レムリアの射手たちであった。それから国家の軽装兵たちが来て、そのうしろにはさらなる喇叭隊が待ち構えていた。
 勇壮な眺めであった。そしてこの眺めは、ヴァルシアの王、カルの魂のうちに獰猛な戦慄を引き起こした。王者たる荘厳の塔の正面に据えられたトパーズの玉座に、カルは座っておらず、勇壮な雄馬にまたがった、鞍上の人であった。彼は真の戦士王だった。彼の勇壮な腕は、主人が取りすぎるたびに上げられる歓声に応えて振られた。彼の獰猛な目は豪勢な喇叭隊を一瞥し、それに続く戦士たちにむしろ長く留められた;赤殺兵たちが彼の前で止まり、武器を打ち鳴らし、駿馬が後ろ足立ち、そして彼に王冠の称賛を捧げるにつれ、彼の両目は獰猛な光で赤く輝いた。その両目は、傭兵たちが横切るとき、わずかに細められた。傭兵たちは、ひとりも称賛を捧げなかった。彼らは肩をいからせながら、カルを大胆にまっすぐねめつけながら、にもかかわらず確かな審美眼を持ちながら歩いていた;獰猛な目を、瞬きもせず;野蛮な目は、毛羽立ったたてがみとぼさぼさの眉毛の下からのぞいていた。
 そしてカルは一瞥を返した。彼は勇敢な男たちには惜しみなく与えた。そして世界中探しても、いまや彼と絶縁した荒野の部族のうちにも、より勇敢な者はいなかった。しかしカルは、これらに優れた愛情を注ぐには、余りにも野蛮であった。多くの反目があった。多くはカルの国家の積年の的であった。そしてカルの名はいまや山や谷に住む彼の人民のあいだで忌み嫌われているといえども、そしてカルはそれらを彼の心から押し付けていたといえども、しかし古い憎しみ、太古の情熱はいまだに消え去っていなかった。なぜならカルはヴァルシア人でなく、アトランティス人だったのだから。
 軍隊は、荘厳の塔の宝石で輝く壁面の向こうに消えて行った。カルはその雄馬を操り、王宮に向かい緩速で進み始めた。彼は並んで進む司令官たちと閲兵式について語り合った。言葉少なに、しかし多くを語って。
「軍は剣と同じだ、」カルは言った、「錆びつかせてはならぬ。」そして彼らは通りを駆け下っていったが、カルはいまだ通りをうろついている群衆たちから聞こえる囁き声にまったく注意を払わなかった。
「あれがカルだ、見ろよ!ヴァルカ!しかしなんて王だ!そしてなんて男だ!彼の腕を見ろよ!あの肩を見ろよ!」
 そしてより邪悪なひそひそ声にも:「カル!はっ、異教徒の島から来た、呪われた簒奪者さ」――「ああ、野蛮人が玉座に座っているなんて、ヴァルシアはとんだ恥さらしだよ」…
 カルはほとんど注意を払わなかった。確かな手で、彼は太古ヴァルシアの腐敗した玉座を掴み、さらにしっかりとそれを握った。人間対国家だった。
 会議室の向こうには宮殿があり、そこでカルは太子や淑女からのかしこまった称賛の声に応えた。このような軽薄さへの残忍な愉悦を巧妙に隠しながら;それから太子や淑女たちはかしこまった退出の挨拶を述べ、カルはオコジョ皮の玉座に深く座り物思いにふけっていたが、ついに侍従が偉大なる王に発言の許可を求め、ピクト人使節団の到着を知らせた。
 カルは難航しているヴァルシアの国家建設という不明瞭な迷宮からその精神を連れ戻し、不満げにピクト人を凝視した。その男は、尻込みすることなく王に視線を投げ返した。彼は筋張った尻と、筋肉質な胸をした、浅黒い中背の戦士で、彼の種族の例に漏れず、鍛え抜かれていた。強く、不動な顔貌から、不屈の、計り知れない目が覗いていた。
「評議会の長、部族のカ・ヌ、ピクト王国の右腕が挨拶を申し上げる:「諸王の王、諸君主の君主、ヴァルシアの皇帝カルの御為、昇月祭の御玉席を設えて御座る」」
「宜しい、」カルは答えた。「旧き者カ・ヌに伝えよ、西の島嶼の大使よ、ヴァルシアの王は、月がザルガラの丘の上を漂うとき、御身とワインを痛飲しようぞ、と。」
ピクト人は動こうとしなかった。「私は王への伝言を携えています。しかし」――見下したように手を振りながら――「ここにいる奴隷どもには。」
カルは用心深げにピクト人を見つめながら、一声かけて随員を下がらせた。男は近くに寄り、声を潜めた:「今夜おひとりで祭りにいらっしゃいますよう、王よ。これが我が主の言葉でした。」
王の目は細められ、灰色に冷たく光る剣の鋼鉄のように輝いた。
「ひとりで?」
「左様。」
彼らは無言で見つめ合った。彼らのお互いの部族の憎悪が、外面上の取り繕いの下で沸き立っている。彼らの口は文化的な言葉を発し、彼ら自身のではない、高度に彫琢された民族の形式的な宮廷の文句を交わしていたが、その目からは根源的な野蛮さという第一の伝統が輝いていた。カルはヴァルシアの王かもしれない。そしてこのピクト人は、その王宮の使節かもしれない。しかしこの玉座の間において、二人の部族の男がお互いににらみ合っていた。獰猛に、油断なく。一方で野蛮なる戦いの幽鬼や世界に年旧りた反目が互いに囁き合った。
 王の方が有利であり、彼はそれを最大限に楽しんだ。顎を手の上に乗せ、彼はピクト人を見つめた。その男は青銅の似姿のように、頭を後ろに反らし、目を見開いていた。

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